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レールを外れてもまだ生きる - コロポンのブログ

元ゲームプランナー、元派遣OL、現ベンチャーOL。豆腐メンタル女の生き方考え方やら好きなこと書いてます。

流産したという"呪い"を2016年に置いていく。

人生

2015年12月、流産した。
1年たった。まだつわりの記憶は癒えない。毎朝起きるたびに「今日もだめか」と思い、安定期とか言われる日までの日数を指折り数え、そして吐いてた1年前の記憶が脳みそに刻まれて未だに消えない。お腹の命は8週で途絶えていたようだけど、10週で掻爬手術を受けるまでつわっていたので、少なくとも1ヶ月半はもがいていたことになる。

その記憶は確かに刻まれているけど、いまの日常生活では大して気にしていなかった。もう終わったことだから。
でも手術してすっきりとした身体で2016年を迎えたのにも関わらず、今年、ついに子どもを授かるという努力を怠って、あれから1年経ってしまった。

正直こわくて。あの吐き気とあの気だるさがまた襲ってくるかもしれないのをわかっていながら、その原因を作るのがこわい。でも子ども欲しいんだけど。というどうしようもない矛盾が、言葉にすることはなかったけれど、自分の心の奥底を支配していたと思う。

でも、つい最近、その呪いがやっと解けた。丸1年、喪に服していたような考え方を貫いてしまった私の思考回路に、ようやく光明が差した。

そのきっかけは、職場の元同僚の妊娠だった。
3ヶ月ぶりに会ったときにはすでに安定期を迎えていた。
ざっくりいうと非常にサバサバした女性で、妊娠していてもう4ヶ月になる、というのもわりとサクッと伝えてくれた。

一緒にいてほとんどウェットな話をしないクールビューティーな女性だったので、まさか、つわりの話でここまで花咲くとは思っていなかった。つわりがあったとしても、まあドライに受け流しそう、というイメージの先輩だったし。
毎朝起きるたびに悲観したこと、日中はまったく動けなかったこと、ただでさえ痩せ型なのに4kgも痩せたこと、2駅先の駅でさえ行くのが辛かったこと。
そして吐き気の波がくるたびにスマホを握りしめて、知恵袋や小町やベネッセのウィメンズパークやTwitterやインスタで、同じ状態のひとを探しては「まだがんばれる」と自分を勇気づけていたこと。
私もやっていたことばかりだった。自分ひとりが苦しい思いをしているような錯覚を覚えたことも、同じ経験だった。なぜかネットで検索するというその行動、そして同じ知恵袋に行きついて勇気をもらって涙してたこと。

そして彼女は「あの時、よく仕事できましたね。よく出社しましたね、すごいと思いますよ」と私に言ってくれた。
別に誰かに認めてもらいたかったわけではない。1年も前のことを励まされたくてそういう話をしたわけでもない。なのに、ただそうやって、本当の意味で「共感」してくれる人が現れた。誰にも話せなかったことを話せた、いやこれまでも十分話せていたのだけど、本当には話せていなかったことを話せた。
とにかく、「共感」が欲しかったのだ。私も苦しんでいる、あなたもそうなんだ、一緒にがんばろう、と。ただそれだけで良かった。私もまたつわりになるかもしれないけど、それでもわかってくれる人がいるんだから、ひとりじゃない。ようやくそう思えた。
「共感」というたったそれだけで、私がこの1年間、勝手に"呪い"にかかっていた、その呪縛から解き放たれた気がした。たったそれだけなのに、驚くほど、晴れやかな気持ちになった。

2017年は、ようやく、前向きに子どもを授かる努力ができそうな気がします。
先輩も近くにいるし。周囲に同じ境遇のひとがいないというのも足かせのひとつになっていたようだったけど、その足かせも外れて。ようやく心から前向きになれました。
まあ、とはいえ、「授かりもの」ということもわかっているので、気長に考えますが。


今週のお題「2017年にやりたいこと」に寄せさせていただきました。
それにしても、当時登録したベネッセから「生後6ヶ月のお子さんを持つお母さんへ」みたいな冊子が毎月送られてくるんだけど、なんかベネッセの中ではすくすく成長してるっぽいからこのまま放っておこうかーと思ってたけど資源の無駄だしそれも今日停止する手続きしてみようと思います。もう1年も前のことだからどのアカウントかわからない。2016年最後の大掃除、時間がかかりそうです。

ルンバと食洗機を買ったら、無言のプレッシャーから解放された。

コーギー 主婦 暮らし

自分用のクリスマスプレゼントとして、思い切ってルンバさんと食洗機さんを購入。
彼らの活躍ぶりを見ると、もはや敬称をつけざるを得ない。

なにが助かったか、それは「家事が楽になる」というのはみなさんご存知のとおりなのですが。
メンタルへなちょこの私が感じたメリットは、そんな言葉じゃ片付けられないものでした。
今まで受けていた、「お前、家事もできない女なんだな」という無言のプレッシャーから解放されたのです。

いや、先に否定しておきますと、こんなこと旦那は言わないです。親も含めて誰にもそんなこと言われたことはないです。
でも、私は勝手に感じてた。無言のプレッシャー。
「お前、共働きだからといって、旦那より年収も低いわけだし、お前が家事率先してやらないでどうするんだ。家庭のこと考えているのか」
と。

正確には、そんな無言のプレッシャーを日々感じながら暮らしていたということに、気づいてなかったんです。
でも我が家にルンバや食洗機が来て、ついに気づきました。
帰宅したときにふわっと転がる犬の毛のかたまりを見るたびに、心に重圧を受けてた、ということに。
シンクの中に積みっぱなしの食器を見るたびに、自分自身を無意識に責めてた、ということに。

まあ私が悪いんです。ごはん食べたらさっさと皿洗いすれば良いし、犬の毛見つけたらさっさと掃除機かければ良かったんです。
それを面倒くさがって睡眠を優先して、その結果、朝起きて勝手に無意識に傷ついてた。笑える。そして情けない。
そんなぐだぐだした日常。日常すぎて、それが普通だと思ってたんだけど。

ルンバが勝手に掃除してくれて、食洗機が勝手に洗ってくれる。
ただそれだけなんですけど。
それだけで、私の日常が救われた。頑張らなくて良かったのだなあ、なんて思ったり。

よくよく考えたら、私が家事が上手になったわけでもなんでもないので、「お前家事少しはがんばれよ」状態であることには引き続き変わりはないとは思うのですが。それでも日々目に見えて残念な事象である「毛玉現象」と「食器積み上げ現象」だけでも技術の力で解消できたことを思うと、本当にありがたいです。
それでなんだか気持ちが楽になって、ルンバさんがせっせと床掃除してる間に液晶テレビをサッサでいつもより細かく拭いたりしちゃってます。こんなかんじで、技術の進歩と私のやる気のコラボによって、家の中にはびこる残念な事象をなんとか少しでも減らしたいと目論んでいるところです。

次は工面して洗濯乾燥機を入手したいけど、だいぶ先になりそうだなあ。
でもこうやって一歩ずつでも自動化できることをしていくことで、暮らしが豊かになるっぽいというのは本当だということを理解しました。


ちなみに、うちのコーギーのむぎさんにとっては、ルンバさんという後輩ができたことになるのですが、どうやら勝手に衝突してくる彼に対してあまり好意を持っていないようです。
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威嚇こそしないけど、完全に避けてます。じゃれたりされても困るので、お互いにとって一番良い距離感を創出することに成功したのではないかと思っています。

なお、私が購入したルンバはこちらです。

どうやら600番台は吸引力が弱いとのことで、800番台を選択。
たまたまAmazonでセールしていたという奇跡に出会って買ってしまいました。

食洗機はこちら。

乾燥機能なしの男気あふれる仕様なのですが、放っておけば乾いているので今のところ問題なし。
中古で購入、自分で取付工事したのでなかなか安く済みました。

WELQの件と、真面目に生きてきたWebメディアの正念場と、「内職」のこと

働き方 考え方 メディア

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実のところ、こういうWeb系の「適法じゃない問題」に当事者に近い立場で参加するのは3回目。
1回目は、コンプガチャ問題。この時、もうソーシャルゲーム作るのはきついなと感じた。いかに面白いゲームを作るかなんてどうでもよくて、ユーザからいかに金をむしり取るかのほうが大事だった。ビジネスとはそういうものなのかなと思った。面白いゲーム作ってみんな幸せになれたらいいなって思って新卒でゲーム業界入って、それで現実を見せられたかんじ。大半以上は私が甘かったんだと思う。
2回目は、二重価格問題。シュークリームの元値が12,000円と表示されてた件。ただの労働員だったということもあって、まあこれは、自分つまんない仕事してるなーと思った程度。言われたとおりやってただけだし(その気持ちがいけないのだけど、そういう態度でないとあの社会では生きていけない)。
そして、今回のWELQ問題。私がちょうどWebメディアに参戦したころに、彼らも参戦したらしい。当時はNAVER一強だったけど、いつの間にやら彼らのコンテンツに支配されてた。私が作るコンテンツは、そんな彼らのコンテンツの下に、ほそぼそと表示されてる。なんとかしたかったけど、どうにも勝てない日々だった。

いつもいつも、儲かるからといってインターネットをグレーに染めていく人たちが、当然のように儲かっていく。
そんな状況で私がしていることといえば、いち労働員として後処理に追われるか、儲からない蚊帳の外で落穂ひろいを粛々としているだけ。

真面目系Webメディアの正念場

いち労働員だったコンプガチャや二重価格問題のころは、「早くこんな世界から逃げよう」と思って実際逃げて、それで良かったのだけど。
でも今回は違う。Webメディアのコンテンツを作る責任を伴う立場で、WELQ問題が延焼していくのを見た。私はずっと、WELQと同様の手法で作られているFind Travelや、記事の作り方としてはそれらとほぼ一緒だと思われるRETRIPなどの旅行系メディアのコンテンツの作り方について疑問を持っていて、それらへの反発から、「すべて現地取材」を掲げた旅行系Webメディアを立ち上げたという経緯もある。
まあ、これが儲からない。1本あたりの制作コストが断然違うし、量も出せないし、おまけに投資できる金もない。ライターさんにはもっと報酬お渡ししたいのに、利益を出すことができない今それも難しいという状況。適法だけど儲からないビジネス、そんなビジネスをやっている私が悪い。センスがない。
ビジネスを作る力が弱すぎるのだろう。適法なやり方でビジネスを作れさえすれば、パクリメディアが蔓延することもなかっただろう。それを編みだせずこんなウジウジしてるから、インターネットの世界もこうなってしまった。ビジネスを作らないと。

真面目にやってきたWebメディアはついに正念場を迎えたのだと思う。ここで利益出せる仕組み作らないと、世の中に自分が面白いと思えるコンテンツを発信することがもうできなくなっちゃう。デイリーポータルさんもだいぶ長い間赤字だったみたいだけど、こちらは弱小ベンチャー企業。会社を潰したくない。なんとかしないと。なんとかします。という決意表明も兼ねて。

キュレーションメディアの1円ライターのこと

あとは、キュレーションメディアの1円ライター、つまり私としてはそれはパソコンとキーボードを使った「内職」だと思ってるんですが、それについてもモヤモヤがあるものの考えがまとまってないのでまた今度書けたら書かせてください。
なんというか、内職の需要があるのをいいことに、適法じゃないことを安い単価でやらせるなんて、ほんと悲しいと思って。私も大手でガッチガチに働くことはメンタル的にたぶん難しくて、家で働けたらなあと思うことが多いほうです(今は毎日出社しなくていい会社なのでそれも込みで潰したくない)。
世の中こんなに便利になってるのに、家にいながらにして働くことはまだ現実ラインとしては難しい。救世主だったはずのクラウドワークスやランサーズが、キュレーションメディアの案件で埋め尽くされる(おまけに今なお案件は減ってない)。その悲しさへの答えをまだ見つけられずにいます。

そしてうちの母親が、簿記も持ってて大手インフラ系企業でそれなりにやってたのにも関わらず、自分と弟を育てるために家にいなきゃいけなくて、それでやってたのが昆布を縛る仕事とのし袋にのしをつける仕事だった、というのを思い出しました。昆布を縛る仕事のほうは、私が潮臭いと学校で言われるようになったのをついに母親に言ったら辞めることになったけど。つらい記憶思い出してしもうた。
なんとかしたいのだけど。いまこのご時世ならなんとかできそうなのに。

良質な「ネットコラム」「エッセイ」の時代がくる気がしている

メディア 考え方

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自分が努力したいものを見つけられている状態というのは大変素敵なことであって、ここ最近ひたすらWebメディアの未来についてとか、そんなたいそうなことを考えていたりしております。ちなみに私が作っているメディアは旅行系メディアなのですが、まあ、そうなんです、某検索スパム系メディアもゴリゴリ記事量産しているジャンルでありますので、振りかざす札束のない我々は頭を捻っていくことで生き延びなければなりません。

そうなったときに、まずひとつは開発や運用の力で見せ方を工夫していく、というのはどんどんやっていっているところで、いろんな施策を世に問うてみては引っ込めたり引っ込めなかったりを毎日実施しているところでございます。それがけっこう楽しくて、また来週からおもしろいと思える施策をぶっ込んでみようと思ってたりして、そういうことが気軽にできるいいチームと会社に恵まれて幸せ者だなあなんて思ったりなんだり。
そんなかんじでコンテンツの見せ方の部分もどんどん時代に合わせてアップデートされなければならないと思っており、ひたすら試行錯誤する毎日を送っておりまして、なかなかそれ以外のことに時間を割かなくなっているのは悪いことだなあと思い久々に思考整理も兼ねてブログを更新させていただいている次第です。

前置きがかなり長くなってしまいましたが、前述のように見せ方の部分はもちろん変えていくとして。
コンテンツとしての記事の作り方自体も、そろそろまたひとつ流れが変わる気がしていて、おらワクワクしております。
それが、良質な「ネットコラム」「ネットエッセイ」がいっぱい読める時代がくるんじゃないかということ。

いや、というかもう来ているのかもしれない。
最近のネイティブ広告とかいう流れもあって、記事広告がコラムやエッセイの体をなしているものも、もうすでにだいぶ増えてきている。ネイティブ広告というものの成り立ちを考えれば、コラムやエッセイに振り切って記事を作ったほうがいいという判断になるのもうなずける。 そしてまあまあお金のあるみなさまが、きちんとお金を払って作られたコラムの上質さ。きっともっといい記事がこれからも世の中に出ていくというのが予感できて、ネットコンテンツの節目を私は感じましたけど、勝手にひとりで感じてただけかもしれないけど。

そして、これまでは検索にひっかけるために、それなりにキーワードを散りばめて誰が読んでも違和感ないまっ平らな記事を制作するのが王道だったのだけど。ただの検索スパムのサイトはもう簡単に読者が見破るようになったし、加えて、もはや検索エンジンだけが唯一のチャネルではなくなった……ということで、まっ平らな記事を制作する必要もなくなった。
本当に大事なのは今も昔もやっぱり変わらず、ファンを作ること。ファンができやすいのが、コラムやエッセイの体の記事なのではないか。なーんて。そんなことをぼんやり考えてます。

私はその頃バレーボールに明け暮れていたせいでテキストサイトの時代のことを正直よく知りません、が、その時代への若干の回帰と、そしてこのネット環境になったかたこそできることが上手く相容れて、ウフフって思える愚直に面白いサイトがもっと読まれるようになるんじゃないかなって思ってます。どちらかと言うとそうなるように重めに信じてます。
ウェブのコンテンツなんて思い返せばわりとかなり早いスピードで入れ替わるので、実際なんらか来年あたりは変化してる気がします。だってよく考えたら2014年ころなんてNAVERまとめだらけだったはずだし、1ページの文字数も500文字くらいなの多かった気がするし。

というわけで、真面目にやってきたブロガーさんも報われるんじゃないかってなんか信じてますし、真面目にやってきたメディアもどうにか報われてくださいお願いしますお願いします。明日目が覚めたら急にそういう時代になってるかもしれないから明日からももっともっといいコンテンツを出せるようがんばりますのでよろしくお願いいたします。

こんな名前のブログなので「人生のレール」について考えていることを書く

人生 生き方

レールを外れて生きようとする青年の話がちまたでは話題になっている模様なので、「レールを外れてもまだ生きる」とかいう青臭いブログタイトルを持つ私が降臨しました。
このブログタイトルをつけたのが、2013年頃でしょうか。年季入ってきました。当時は「レール」について、もう少し信心深く扱っていたものだったのですが、レールを外れたと思ってから3年も経った結果、
「人生にレールなんてない」
というのが大まかな結論になっています。

歩んだあとにしかレールはできない

「人生のレール」を「誰もが思い描けるような順風満帆な人生のこと」と仮定するのであれば。
この現代に「人生のレール」なんて存在しない。
大企業に新卒で就職が決まったとしても、その会社は潰れるかもしれない。そうなった場合、一社でしか勤めたことがないというのはネガティブなスペックになるわけで。潰れない保証のある会社なんてないので、「このレールと思われるなにかキャリアめいたものを走っておけば絶対安心」ということはない。つまり、未来に人生のレールなんて敷かれていなくて、それは自分が作り出した幻想なのかなと。

でも、一生懸命毎日生きたあとを振り返れば、そりゃレールがあるわけで、この先もそのレールを続けるべきだという幻想にとらわれた結果が「人生のレール」の盲信なのかなと思ってます。
例えば私はずっとゲーム業界で一生懸命がんばってきたから、このゲーム業界というレールを外れるのは怖かった。でも、それは一生懸命生きた道を振り返ったらレールになっているだけで、この先ゲーム業界から離れたからって自分のスキルが他で生きないなんてことはないし、そもそもゲーム業界にいること自体が別に自分に本当に合っているとは特に何も保証はない。でも今まで続けてきたからという理由で、「人生のレール」を勝手に定義して、そしてそこから外れることに恐怖するのは、それはすなわち生きにくい盲信だったなあと思っている所存です。

だからまあ、なんていうか、そもそも人生にレールなんてないんだから、「自分の好きなこと・得意なこと」を探しながら、そしてそれを活かしながら生きたらいいと思う。っていう考え方にシフトしていきました。

自分の好きなことをやり続ければ、レールなんて考えなくても生きる術ができる

レールの代わりに軸にしたらこの世が生きやすいんじゃないかなと思うのが、「自分の好きなこと・得意なことを伸ばす」作戦。
どうせ現代はどんどんテクノロジーに置き換わるわけなので、もはや生まれ持った素質で他のひとを圧倒するなにかを持っていないと、生き抜くい。その何かっていうのが早めに見つかっているひとは今ごろリオオリンピックに出たりしているのかなと思うけれど、私なんて器用貧乏のレッテルが似合う人間ですので、もはや何やっても中途半端だった。けど、好きなこと・得意なことを探す過程で見つけたのが、「書くこと」だったりします。
ゲーム業界辞めてどうなることかと思ったけど、書くことをやめずにいたら、実際今そのスキルセットを発揮するのに近しいことを仕事にできてるので、ありがたい限り。大企業を勤め上げるとかそういうレールには乗っていないのかもしれないけれど、自分の好きなこと・得意なことで社会に貢献できているという感覚と、このスキルがあればどこでもやっていけるのではないかというちょっとした自負が、今の私を支えています。

ただし、この世はいまだに学歴社会だし、大企業社会。

さて。
ここまで社会人になってからの話しかしなかったのですが、件の大学生は「大学生を辞める」という「レール」の外れ方をしようとしているわけのようなのですが。
残念ながらこの世はまだ「学歴社会」。私が中学生のときには「学歴社会は終わる!これからは個人の能力の時代だ」という説を聞かされていたのに、現実は学歴社会のまま。就活でもまずは学歴。新しいひとに合ったら学歴の話題はどこかに潜んでる。ちなみに私は旧帝大なのに地味な大学すぎてよく底辺私大と間違えられて、関東ではそういう扱いを受けることだってあります。人間そんなもんだって思ってるし、私も少なからず他人の学歴気にしちゃってる残念なとこあります。
この現実を鑑みるに、別に起業だのプロブロガーだのは、学生の身分を喪失しなくてもできるわけですので、そっちで成功したら学生辞めたらいいじゃん。という至極当然っぽいことを書いておきます。
そしてちなみに、社会人になっても「それまで自分が何をしてきたか」ということを語るとき、「ソシャゲ大手で働いていた」というと話の通りが早かったりするということが多々あるので、残念ながら1社くらいは大企業で働いていたほうがその後ラクに生きられるのではないかと悟っています。となるとますます、足切りなんかで使われる「学歴」の重要性よ。書いてて悲しくなるけど、あと数年くらいはこの流れは変わらないと思う、経歴のわかりやすさ、の大切さ。

変に人生ぜんぶ賭けると、逆に自分の好きなことできなくなる

そして社会人でも大学生でも、好きなことやるにあたって忘れちゃいけないのが、「最初は小さくはじめる」ということ。
変にぜんぶフルフルのフルコミットをぶち込みますと、生きるためにやりたくないことばかりやらざるを得ない状況を作り出してしまいます。そうなると、苦しい。好きなことなんて考えている余裕もなく、日々を生きるためだけに時間を費やすことになりかねません。
その点踏まえるとますます、学生という身分をないがしろにするのはもったいないなあと。社会人も然りで、生きる糧を確保しつつ好きなことやる時間を作って、うまく行ったら現状の整理して得意分野を拡大する、といった戦略を立てることが、上手に人生運ぶコツなんじゃないかと思い始めております。その点私はかつて、派遣OLとして生きる糧を確保しながら、定時ダッシュで帰ってヒマな時間を好きなことする時間に充てられたのはラッキーだったと思っております。

簡単にまとめますと、
社会人になったらレールなんてない。
だけど大学生までは「学歴をつくる」というレールを歩んだほうが、その後の人生の選択肢を広げやすい。
ということで、現状維持しつつまずは小さくはじめてみてはいかがでしょう。という結論です。
学生という身分を活かしていろいろチャレンジするとおもしろいと思いますが。
まああれです、他人に中途半端に介入するのが一番いけないと思うので、件の方には別に何も伝えるつもりはないのですが、自分自身の考えは表明しておきたかったのでそうしました。

なにより、大学生という人生情報に多感な時期に、無責任なこと吹き込む周囲の存在が怖いですよね、もうすでに各方面から指摘済みとは思いますが。私もそういえばどうでもいいですが「はてなブログ講習会」の先生やってください、情弱ビジネスで儲けましょう的な話をいただいたことがあるのを思い出しました。金払ってでも聞きたいというひとがそもそも存在するのか知りませんが、なんというか、もっと社会にとって有意義な仕事して儲けたいでござるよ私は。ていうか「はてなブログ講習会」ってなんだその魑魅魍魎感は。こわいな世の中は。

コーギー貼っときますね。
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