レールを外れてもまだ生きる - コロポンのブログ

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出産レポ(誘発分娩@関東労災病院)

せっかく出産したので、やっぱり書いておきたくなりました。

「出産レポ」なんて書いちゃうのなんか恥ずかしいと思ってたのに、結局アメブロ民に影響されて書いてしまいました。

ちなみにものすごい長いです。自分用ってことにしてそこまで削ったりしませんでした。すみません。

 

ざっくり出産の経過をまとめますと

・誘発分娩3日目で出産

・赤ちゃん、一過性多呼吸で保育器へ

・母体、会陰血腫でお股に管を挿される

という、わりと残念寄りのお産です。

 

100人いれば100通りのお産なんて言うけれど、ビビっていろんな出産レポ読んで挑んでこれだけ読めば誰かと同じ経緯になるかなと思ったら、ならなかった。なんだよ一過性多呼吸って、そして会陰血腫って。

 

なお文章自体は出産翌日にしたためたものです。感覚が身体に残っているうちに書いておこうと思って、Google keepにとっておいてよかった。やっぱり1ヶ月も経ったいま、いろいろ忘れてる。出産の痛みは忘れるって言うもんな。ほんとうなんだなあ。

 

産院は武蔵小杉と元住吉のあいだにある関東労災病院です。産院明示したほうが同じ関東労災仲間が読んで安心してくれるかと思って明示しただけであり、他意はありません。

 

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関東労災病院、産婦人科病棟は9階なので眺めはさいこーです。

 

妊娠〜出産直前までの経緯

・3年前に妊娠初期で流産

・PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)持ち。不妊治療はタイミング法

・流産から約2年で妊娠

・つわりでもれなく死にかける

・妊娠中期の1ヶ月くらいはとてもハッピーマタニティライフ

・妊娠後期は後期つわりと腰痛で動けず

・気づけば40w1d。41w1dに入院、誘発することに

 

入院1日目(41w1d)

午後から入院するも、この日は尿検査と血圧体温だけ測って終了。NST(ノンストレステスト。腹にモニターつけてお腹の張りと赤ちゃんの心拍を監視するやつ)もやった結果、張りはいいかんじにあるのに痛みがない状態らしく、数値だけ見れば陣痛のようらしい。そうなのかーと思いながら21時には就寝。

明日からはじまる「何か」に若干恐怖する。陣痛こわい。ちゃんと産まれるんかな。ま、怖がっててもどうしようもないので、体力つけるためにも寝るしかない。

 

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なんとなく撮ってあったその日の夕食。鮭の横にあるやつ、梅干しだと思って食べたらトマトだった。


入院2日目

夫が1日付き添ってくれることに。

8時半。内診で方針を決める。子宮口は10cmで全開となり分娩室にいけるのでそれを目指すことになるのだけど、現時点では全く開いてない模様。

ということで、誘発1日目は3cmのバルーン挿入+プロスタグランジンという経口内服薬で様子を見る。バルーンはお察しのとおり物理攻撃で、子宮口が3cm開けば抜けるシステム。薬は、1時間に1錠、計6錠飲む。

 

誘発分娩ってどれくらい時間かかるんですかねと聞くと、人によるけど今日産まれるひともいれば2、3日かかるひともいる。今日産まれればラッキーくらいに考えておいたほうがいい、とのこと。

わたしはやれる、今日産んでやる、くらいの意識の高さはこの時あった。

 

てかそもそもバルーンってどんなかんじなの。こわ。と思ってたら即挿入されるわけですが、バルーンが体内に入ったという感覚はなんだかよくわかんない。

それより問題は、バルーン入れられたというその刺激。急激に下半身が重くなる、というか痛いんですが。ひどい日の生理痛に急になった。生理痛なんか久々だし忘れてた。痛いやん。

お腹の張りも感じて、張りと同時に痛みがある。あ。これが噂の陣痛か。

薬の内服もスタートすると、いよいよ3〜5分間隔で収縮を感じる。誘発分娩中はNSTの機械付けっ放しなので、張りを数字で確認できる。これで夫も痛みレベルを共有できるというわけだけど、収縮中は会話ができなくなる痛みになってきた。えっこれもう産まれちゃう?産まれちゃうんじゃない?って思ってましたよほんとに。

 

それが午後になって、どんどん収縮する時間の間隔が8分、10分……と広がってしまった。バルーンの刺激が効いただけで、内服の薬はあんまり効いてないんじゃないか。

そして夕方にはすっかり陣痛的ななにかは消えた。あー。さようなら。

 

今日の総括的な内診をしてもらうと、バルーンと内診グリグリの結果5cmまで開く。やったー。がんばってよかったー。

シャワーにも入れたし、夜もぐっすり寝られました。

 

入院3日目

この日は母が付き添い。関東労災病院は、産まれるまでは面会時間関係なく誰かひとり付き添いOK。面会時間中は何名でも付き添いOK、というルール。

 

いよいよ、オキシトシン点滴開始。

こいつはいわゆる幸せホルモンらしいんだけど、これから起こる身体の変化に幸せを感じる余裕は微塵もなかった。

 

点滴は12ml/hからスタート。30分ごとに12mlずつレベルアップし、最終的に120mlまでいっちゃうらしい。

午前中はまだ大丈夫。助産師さんに、ここ数日便秘だけど一緒に産まれないかって相談した。どうやら関東労災では浣腸などの処置はやってないらしい。一緒に産んでいいってさ。やばいなー。

 

午後になっても、昨日のバルーン直後のほうが痛かったなーと思ってた矢先。オキシトシン100ml台突入したあたりから、いよいよ顔面から強張る痛みになってきた。呼吸がんばる。下腹部が痛い。あー痛い。叫ぶとか声出ちゃうとかいうほどじゃないけど、痛い間は話せないし呼吸乱したくないかんじ。でも大丈夫、すんごくお腹が定期的に痛いだけだと思えばまだ大丈夫。いや、大丈夫じゃないけど。きついし体力が奪われる。意思とは関係なく内臓がシックスパッドしてるかんじ。いや、アブトロニックか?スレンダートーンレボリューションか?

 

とか考えながらこの痛みを子宮口に流す感じにしてたら、ぱしゃっという感覚。

あ、これねたぶん破水。ナースコール。立ち上がってシーツ見たらピンク色の液体でびしゃびしゃ。ついに産まれるか。勢いづく陣痛!やったぜゴールか!!

 

と、ここですでに16時半。誘発分娩の処置は17時までと決まってます。時間外にお産になったら人手不足にもなるし、ここはお医者様達の労働環境を快適に保つためにも仕方ない。

というわけでタイムアップで点滴終了。

まあ、正直こんな痛いのに終了って言われてもどうしたらいいのと泣きそうになりました。こんなキツイのに明日の朝まで改善が見込めないなんて。あはは。どうするのこれ。

 

おまけに子宮口は5cmのまま。今日一日こんなに頑張ったのにぜんぜん開かず。絶望。この苦しみはなんだったんだろう。

 

点滴止めたけど、陣痛遠のかない。いつのまに痛みが腰に移ってた。どうやらお産が進むとお腹→腰→おしり、と痛みが移動するらしく、腰にきたってことは進んだってことなんかな。

しかしこれがめっちゃ辛い。お腹の痛みはまだ我慢できたけど、腰は無理だわ。痛みの逃し方がわからん。もともと腰痛持ちだけど、こんなん聞いてないわこの痛みは。3分間隔でギックリ腰に1分間なる感じ。ギックリ腰なったことないけど。

 

さすってもらうとかなり気が紛れることがわかって、ここで夫の活躍。しかしここですでに22時、夫氏は仕事帰りですでにうとうとしてる。ちょっと悩んだけど、帰ってもらうことにした。うとうとされるのも辛いし、さすってもらうだけのために徹夜させるのも悪いし。

 

ひとりの夜がはじまる。痛みの間に寝てる気がするけどよくわからなくなってきた。

 

入院4日目

朝日が差し込むことに気がついた。そして気づけば痛みが増してる。寝てられない。座ってるほうが楽みたい。しかしもがき苦しむ。でもお腹でかいからゴロゴロのたうちまわることもできない。できることなら、のたうちまわりたい。

 

そうしてようやく6時頃、助産師さんが内診してくれた。

子宮口6cm!!!

夜のうちに1cm開いてた!!嬉しさあふれてガン泣きした。あと少し。

 

7時過ぎ。夫登場。夫がわたしを見た瞬間、「夜からこんな感じだったの?」と哀れな目を向けて言った。だいたいこんなかんじです。ほんと哀れだわ。

しかし助かる、さすってもらうだけでだいぶ違う。なんとかやり過ごす術を見つけはじめる。波がきてるときはだいたい60回息を吐けば乗り越えられるとわかって息吐きまくる。波が引いたら、脱力、リラックス。

 

そして8時頃、今朝の内診。グリグリされたらいよいよ腰が砕けそうで吐きそうなやつにレベルアップした。あかんでこれ。

もう少しだよと助産師さんに声をかけられて、涙が出る、止まらなくなる。ようやく終わりが見えてきたのね。ようやく終われるのね。

いよいよ、病室から陣痛室に移動になった。

 

陣痛室

 

陣痛室にはゆらゆらする椅子があった。

 

アクティブチェア 17019


これ。

アクティブチェアという名前で、木馬のおもちゃの乗り物みたいにゆらゆら前後に揺れながら、前にもたれかかることができる優れもの。さっそく活用するも、だんだん座ってられなくなってくる。

そしていよいよオキシトシン点滴追加!12mlだけだけどさ、いよいよ腰、爆発しそう。腰さすりでもどうにも逃せなくなってくる。声が出る。声出して息吐いて。呼吸と一緒に声が出る。はーふーはーふーの声やばい出てるけど恥ずかしいと思う余裕なし。

 

かれこれ1時間ほど経ったかな。助産師さん内診してくれた。あと30分で分娩室と言われる。

やったーと思うのもつかの間、24mlのオキシトシンでいよいよピンチ。なんかもうピンチって感情。いきみたいというか、なんか股から出てくる感がすごい。やばい。しかも座ってられないし動きたいし点滴むしりそうだし腰を打ち付けそう、本能がそうしろと言ってくる。

助産師が見てくれてからたった2回しか陣痛きてないけどもうピンチすぎてためらいなくナースコール。するとすぐ分娩室へ移動の許可が。なんだ、良かった。ほんと良かった。

 

分娩室

 

私的に一番キツかったのが分娩室移動直前までだった。分娩室で子宮口チェックすると、全開になってた。ようやくだ!

いざ分娩室でいきみはじめるとさっきより気がラク。いきみ方教えてもらって、いきんでみると若干気持ちいいくらい。

しかし陣痛はそれなりに辛いのでどうにもこうにも息を止めて踏ん張る。このあたりで大便出たかもしれないがもうどうでもいい。

 

頑張っていきんでたんだけど、どうやら周囲がバタバタしてきたみたいで、よく聞くと赤ちゃんの心拍低下してるっぽい。赤ちゃん苦しいから呼吸しようねって言われて酸素マスク装着。呼吸しながら息止めていきむとかよくわかんないけどなんかもうとにかく踏ん張る。まだ出ない。小児科医が呼ばれてるのがわかる。あれ?やばいのかな。

お腹から押し出しますねって言われて心臓マッサージみたいにお腹押し出される。踏ん張りまくっているうちに気づいたけど、どうやらこのお股に挟まっている超でかい大便のような感覚のものが赤ちゃんらしい。これを出せばいいのかと把握してきたのでやりやすくなってきた。

そして会陰ざくざく切られる。左側3回いったな、ふつうに痛いよ切られる瞬間、でも早く出したすぎてどうでもいい。

いよいよ踏ん張りまくって「最後自分で出す!」って言われて、よくわかんないけど駄目押しにふんってしたら……

 

出てきた。

 

良かった。良かった、しか感想出ない。

赤ちゃん、ふにゃ、って小さな声で泣いた気がする。でも赤ちゃんの状態悪いのかな、カンガルーケアするって言ったのにどこかに連れてかれちゃった。まあでも、泣いたから生きてるだろう。良かった。

 

しかし会陰めちゃくちゃになったっぽい。左側は切ってくれたけど、右側が裂けまくった模様。縫合に30分くらいかかったような気がする。なお切開は大きめに切っときましたって言われた。赤ちゃんピンチだったもんね仕方ない。

 

分娩後

 

そしてその後1時間半ほど、分娩台の上でそのまま休憩。この間に、小児科医が赤ちゃんの容態説明しにきてくれたのだけど、赤ちゃんも連れてきてくれた。お手かわゆす。かわいいって思えて良かった。しかし呼吸がおかしい。

一過性多呼吸という名前の症状らしい。羊水飲んじゃったとのこと。まじか、かわいそうだな。コポコポとした音が赤ちゃんの呼吸と共に聞こえる。泣き声がめちゃくちゃ小さい。かわいそうだけど、保育器でなんとか治療してもらうしかない。うまくいけば一緒に退院できるとのこと。うまくいけば、かあ。

 

そして分娩台の上で2時間が経過して、助産師による会陰チェック。

あれ?痛くない?と聞かれる。痛いけど、そんなもんかと思ってましたと答えると、いや痛いでしょ先生呼ぶね、となって医者登場。

そう、わたしのお股に血だまり発覚。内出血が皮膚の中に溜まってくかんじらしい。放っておくとやばそうだ。見つけてくれてありがとう。

そんなわけで縫合したのほどいて縫い直し。痛いよ、陣痛なくなってるからわかりやすくお股が痛い。痛かったら叫んでいいよと言ってくれたけど、叫び方わかんないからヒャッとしか言えない。結局、点滴で鎮痛剤2種類をガブガブ投与。

お股の傷口には管を挿入された。そこから中に溜まった血を抜くらしい。そして尿管にも導尿の管。勝手に尿が出ていくすごい。

ようやく処置が終わって起き上がろうとすると、鎮痛剤効きすぎてまったく身体動かなくなってた。頭動かすと吐きそう。泥の中に沈んでるような感覚。気絶するんじゃないか。起き上がれないと伝えると、ベッドが運ばれてきてそのまま病室に搬送された。

 

何時間経ったのか。夕食の頃にようやく起き上がれるようになった。

赤ちゃんに会いに行きますか?と聞かれ、もちろんイエス。

 

まだ歩行訓練してないので、車椅子で会いにいくことに。保育器が並ぶ新生児室。黄疸の治療をする赤ちゃんと、そして、我が子が並んでた。

お手かわゆす。昼間に見た時より、呼吸落ち着いてる。良かった。みんな生きてた。

でもなんだか苦しそうに胸を上下させていて、身体中がモニターに繋がれていて、本当にかわいそうだと心から実感しはじめた。早く良くなりますように。そう祈るしかできなかった。

 

その日の夜。両腕が痛すぎて曲げられない。これもしかして、筋肉痛?どうやらいきむときに掴んでと言われたバーを握りしめすぎたらしい。すごいなお産って。

 

その後

赤ちゃんは生後2日目の日中だけ母子同室、3日目からは夜間も同室になり、無事一緒に退院できました。大事に至らず本当に良かったです。

わたしのお股の管も翌日には抜いてもらって、こちらも大事には至らず。良かった。

 

関東労災病院は総合病院だし、もっとぶっきらぼうなんじゃないかと思っていたけど、助産師さんは優しいし、お産大変でしたね、とか声かけてくれたりして嬉しかったです。

あと、妊婦健診のときからずっと同じ先生を指名していたら、その先生は病室に様子見に来てくれたり、分娩後に「間に合わなかったー!」とか言って見に来てくれたりして、ありがたいなあと思いました。本当に嬉しかったです。

この病院で産んでなかったらどんな経過になっていたのかわからないけど、仮に自宅出産とかだったら赤ちゃんもっとピンチだっただろうなとか、会陰の血腫気づいてもらえてなかったらどうなってたんだとか、いろいろ振り返ると思ってたより綱渡りだったのではと感じてきて。関東労災の素敵なスタッフと環境で産めて、心から良かったと思う次第です。

 

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ちなみに名物の祝膳は鯛をチョイス。エビフライとの2択だよ。

 

すごい長くなりました。自分としては一生に何度もあることじゃないからまあいいの。不安な妊婦さんとか、読みたいひとが読んでくれるはずなの。ってことであんまり推敲もせず公開ボタン押しちゃいます、えーい